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2009年6月1日(月)[アンダンテホステル7泊目/ブダペスト]

二人ともベッドの上でしこしこと仕事です。
午後、ふらりと昼飯を目当てに英雄広場へ散歩。
民族舞踊を見たり、人ごみに揉まれたり、ピエロの酔っぱらいを隠し撮りしたり。
銀行でスクーターのお金を下ろす。
宿で仕事を再開。
 
宿でビールを飲みながら、フェンシングについて教わりました。
ここにはアジア三位で惜しくも北京オリンピックを逃した、パラリンピックの代表監督がいたりしたので。
 
?Internet→宿のWi-Fi(無料)
 

朝→パン
昼→英雄広場の出店でハンガリー料理の「パプリカチキン」とか食べたら、日本円で2,500円もして驚いた
夜→鶏肉のソテーと茄子を焼いた

 

2009年6月2日(火)[アンダンテホステル8泊目/ブダペスト]

日本から祐子のバレリーナ仲間(東京おとぼけシスターズの一員)のナオちゃんが来てるので、彼女のHotelまで歩きました。
例によって軽く道に迷ってHotelに着いたら、「日本人は泊まってない」と言われました。
ま、そんなもんです、いつも。
どこにいるんでしょう、彼女。
 
ナオちゃんと三人で、ブダペストから北へ19キロ離れた14世紀頃から商業都市として栄えたセンテンドレという町へ、有料トイレの料金所のおっさんに「バスのチケットをください」ぐらいのボケをかましながら、地下鉄とバスを乗り継いで行って来ました。
ドナウ川のほとりの坂道と細い路地を散歩して、こんもりと盛り上がった高台に立つ家々の隙間から望むドナウ川は、森に囲まれててなかなかどうして雄大だったです。
空き地を見つけては「ここに家を建ててぇ...」なんて妄想で下半身を膨らませたりしました。
 
女性陶芸作家コヴァーチ・マルギット(ハンガリーの有名な芸術家です。もちろんここに来るまでしりませんでしたけど)の美術館を見学し、芸術について考えたりしました。
舟越桂氏の源流は、意外にコヴァーチ・マルギットだったりするんじゃないだろうか。
 
ヘレンドの妙に高額な陶器も見たりしました。
もちろんここに来るまでヘレンドなんて知りませんでした。
 
船で一時間かけてドナウ川を下り、中州に家を建ててぇ、なんて妄想に下半身を熱くしながら川の流れに身を任せ、ブダペストに戻って王宮を見学し、ドナウ川を撮影し、ブダペストの銀座と呼ばれる、っていうかボクらが勝手にそう言ってるだけですが、ヴァーツイ通りでハンガリー料理を食べました。
地下に広がるレストランはいい感じだったんですが、最後までボクら三人しかいませんでした。
 
宿に戻れば宴会でした。
平成生まれの女の子と飲むのは初めてで、彼女のお母さんはボクより三歳も年下です。
祐子は洗濯。
 
?Internet→宿のWi-Fi(無料)
 

朝→パン
昼→ハンガリー料理の「パプリカチキン」、パプリカの粉末を牛肉と野菜で煮込んだシチュー「グヤーシュ」
夜→豚肉のステーキと昼にも食べたシチュー「グヤーシュ」

 

〈アミーゴ〉のりさんの消息


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パソコンを買った電脳のりさん。
マットレスが思いっきりはみ出てますが、今日のベッドは片付けられています。
 
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宿の玄関。
昼間は外出している人が多いので、靴が少ないです。
18ベッド、ワンルームです。
 
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サイケデリックな自転車に乗って、仕事にでかけました。
行ってらっしゃい。
 

〈写真〉2009年5月26日/江戸川橋のゲストハウスにて

2009年6月3日(水)[アンダンテホステル9泊目/ブダペスト]

仕事をしつつ、荷造りしました。
膨大な荷物の全部は、どうやらバイクに積めそうもありません。
急を要しないものは、カナダ人のLui氏から頂戴したスーツケースに詰めて、この辺(宿かバイク屋)に放置しときます。
どうせ、三ヶ月後に戻って来るので。

午後から仕事をしました。
夕食の買い出しをしたり、銀行でお金を下ろしたり。
 
祐子は荷造りに精を出し、ボクはビールとワインを飲みました。
 
いよいよ明日から移動です。
ヨーロッパ、爆走編です。
取り急ぎ、ゆっくりと北のスロヴァキアへ向かいます。
事故りませんように!
相棒は、SUZUKIのバーグマン650cc、大型のスクーターです。
ではでは。
 
?Internet→宿のWi-Fi(無料)
 

朝→食べない
昼→茄子のスパゲティ
夜→グリコさんの特製手作り味噌で豚肉を焼く。ベリ美味

 

2009年6月4日(木)[ブダペスト/ハンガリー→バンスカ・スティアビニカ(と、発音するかどうかは知らない)/スロバキア]

7時に起きてシャワーを浴びて、荷造りをしてパンを食べ、バイク屋さんの「Red Baron」の今西さんの車で保険会社に立ち寄ってスクーターの書類を受取り、郊外にあるRed Baronへ。
目眩がするほど大量の荷物をSUZUKIのバーグマン650ccに積みました。
鞄のひとつが、ファスナが壊れて全開状態になってしまいました。
幸先悪し、ですが、いつもなにかしら、幸先はよくないです。
そんなもんです。
 
12時過ぎに出発しました。
いよいよヨーロッパ征服の第一歩です。
緊張して、手がカガチガチです。
スクーターの後部に荷物が集中しているので、前輪が軽くて心もとないです。
ギターがぐらぐら動きます。
10号線を北上して17号線に入り、富良野を拡大したような田園地帯をのんびりと走ります。
少し寒く、すれ違う車もほとんどなく、目障りな看板もなく、国境の町エステルゴムでドナウ川を渡ってスロバキアに入りました。
国境には使われなくなったゲートが錆び付いてました。
係官らしき人は一人もいません。
たった60キロ走っただけで、ヨーロッパ、二国目突入です。
感動、薄いです。
ときどき道に迷い、山越えをして、どんどん寒くなって、四方を山に囲まれた静かな町バンスカ・スティアビニカ(と、発音するかどうかは知らないです)で、キャンプ場を真剣に探さず宿をとりました。寒いからです。
ま、初日ですから力まず、自分に優しく、老身を労ってます。
スーパーでパンとかチーズとかを買って、今晩、明朝、そして昼食と三食を賄い、経費節減、清貧の旅とします。
宿には、鹿の角が星の数ほど飾ってました。
 
?本日の走行距離180キロ
?Internet→宿のレストランのWi-Fi(無料)
 

朝→パン
昼→ご飯にクラムチャウダーっぽい色したシチューをかけて食べたです(下の写真参照)。祐子はラザニアっぽい、パスタとチキンのグラタン
夜→パン、チーズ、サラミ、一見カニサラダっぽいもの


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〈三台目の相棒〉レンタバイクのSUZUKIのバーグマン650cc

 
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今回のヨーロッパ征服用に「Red Baron」のハンガリー営業所で借りたのが、SUZUKIのバーグマン650ccです。
ABS付き、2004年式、距離は22600キロ。
得意のシルバーウィングは、ぼやぼやしてたら売り切れちゃいました。
期間は半年間。
距離は25,000キロ以内ですが、三ヶ月しか走らないので充分です。
カナダでは三ヶ月間で17,000キロしか走れなかったです。
レンタル費は450,000フォリント (約212,500円。税金・登録・強制保険、ハンガリーの任意保険、重量税等を含む)。
デポジットとして1,300,000フォリント(約613,889円)前払いします。
返却時に大きな傷とかの修理費とその他とレンタル代を引かれて、デポジットが戻ってきます。
 
ハンガリーでは、SUZUKIのバーグマン650ccは珍しくないです。
シルバーウィングよりちょっと大きくて、シート下の収納が満足のゆとりサイズです。
それにしてもギターが落ちそうです。
 
では、ちょっくらヨーロッパのほぼ最北端、ノルウェーのノールカップまで行って来ます。
 

〈写真〉2009年6月4日/スロバキアの山にて

〈三台目の相棒〉スロバキアを走る

 
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高速道路を使うと国によって支払い方が違ってて面倒臭いので、一般道を走ってます。
だから、こんな↑風景をのんびり眺められます。
サークル式の交差点が多く、道路標識はこんなんばっかです↓
とりあえず嘘でも発音するのが難しいです。
 
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〈写真〉2009年6月4日/スロバキアにて

2009年6月5日(金)[バンスカ・スティアビニカ(と、発音するかどうかは知らない)/スロバキア→ラバ・ニスナ(と発音するかどうかはわからないです)ポーランド]

朝一、NHKの原稿を送りました
ボクは何気に働き者です。
 
さて、問題は外の雨。
行くべきか、留まるべきか、走るべきか、寝るべきか、レストランでコーヒーをずるずる飲みながらぐだぐだ悩みました。
まぁしかし小雨だし、長袖を着て、タイツを穿いて、首にマフラーをぐるぐる巻いて出発。
529号線のスーパー田舎道を北へ進み、1号線の予想外の高速道路は110キロ制限を守り、59号線の山坂を右に左に上へ下へ走りました。
だんだんと交通量が増えてきました。
薪割りをしてる翁、ユンボを運転するおっさん、電池が切れたような老婆。
昨日は初日にしてスロバキアへの国境を越えましたが、今日もポーランドへ突破です。
一日一国。ヨーロッパは想像以上に狭いです。
国境事務所は錆び付き、ゲートのバーは切断され、両替所は閉鎖され、人気のない怪談スポットでした。
ポーランドの国境を過ぎた町チョチョロウ(と発音するかどうかは知りませんが)は、ごついログハウスがかなりしつこく並んでたり、五重塔のような四階建ての大きな木造家屋が多く、切妻屋根が少々風変わりな景観です。

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でっぷりと肥えた牛たちは、パラグアイのあばら骨が数えやすいほど痩せた牛を思い出させました。
町中をロバが、人生に疲れたと言いたげにとぼとぼと歩いてました。
交通量の少ない住宅地を突き抜ける958号線から、28号線へ抜け、ラバ・ニスナ(と発音するかどうかはわからないです)の美しい丘の麓の宿に泊まりました。
英語は一切通じません。
ボクらはドイツ語を話せません。
暖房が入りません。
トイレのドアが閉まりません。
けど、新築です。
 
?本日の走行距離233キロ(合計413キロ)
?Internet→宿のWi-Fi(無料)

 

朝→昨夜の残りのパン
昼→ボクはポーク。祐子はチーズとベーコンのスープ。激美味!
夜→昨夜の残りのパン

 

〈三台目の相棒〉ポーランドに来た


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↑左手の家が、泊まった宿です。
一泊朝食付きで一人、10ユーロ(1,300円)は意外に安いです。
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バーグマンは運転席に三つのポケットがあり、そこそこ便利です。
股先の茶色の鞄には、重いテントや本を詰めて前後のバランスを取ってます。
寒くて、ちーっともキャンプをする気になれません。
っていうか、キャンプ場がないんですけど。
 

〈写真〉2009年6月5日/ポーランドにて

ハンガリーについて勉強したり、語ってみたり


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ヨーロッパ初体験がハンガリーだったので、ちょいと勉強してみました。
ままま、Wikiが多いけど勘弁してください。
 
ハンガリー人は、モンゴルから来た遊牧騎馬民族系なので、馬をお座りさせたりできます。
そういう観光地の写真を見ました。
 
過去の対戦成績ですが、モンゴル帝国に襲われたり、オスマン帝国とハプスブルク家に支配されたり、第一次世界大戦で負けたり、第二次世界大戦後、ソビエト連邦に全土を占領されたりしてます。
1949年、共産主義国家としてソ連の衛星国となり、冷戦時はきっちり共産圏だったです。
日本がバブルの最高潮だった1989年、体制転換してめでたく民主化。
EUに参加したども、通貨のフォリントが弱いので、ユーロ導入は未だならず、です。
今のジンバブエより惨いハイパーインフレを経験していて、最高紙幣は「1垓ペンゲー札」。
1OOO,OOO,OOO,OOO,OOO,OOO,OOOペンゲー。

長過ぎて読めません。
それでもパンすら買えないそうです。
 
ノーベル賞受賞者が多く(人口比)、ルービック・キューブを発明し、地下鉄はロンドンに次いで二番目、死にたくなるので有名な自殺歌「暗い日曜日」、電話交換機を発明してます。
海はないけど、海軍を持ってます。
その辺、ボリビアに似てます。
 
ボクらは名産の貴腐ワイン「トカイワイン」を飲み、パプリカをたっぷり使ったシチュー「グヤーシュ」を食べたけど、市場が休みだったのでフォアグラはまだ逝ってません。
ドナウ川を下り、王宮を散歩したけど、共産時代の恐怖政治を祭った「恐怖の館」へは行ってません。
名物の温泉にも入ってません。
まだやり残した事が多いです。
 
英語は通じないので、ハンガリー産ビールを探すのに苦労します。
ワインは100円くらいから飲めます。 
 

〈写真〉2009年5月30日/ブダペストの宿「アンダンテホステル」の近所にて

2009年6月6日(土)[ラバ・ニスナ(と発音するかどうかはわからないです)→オシフィエンチム(アウシュヴィッツ)/ポーランド]

ベーコン入りスクランブルエッグとコーヒーで朝食(昨夜、宿のおっさんに朝食込みと言われたけど、なんせ英語が通じないし、今朝はメニューを渡されるし、本当に無料なのか疑問の余地が大有りです)を済ませ逃げるように出発したのに、もう11時でした。
宿の娘さんの一人は恐ろしく無愛想なんですが、昨夜から今朝に至るまで空色のパンツがジーンズからはみ出てました。
 
28号線を一度南へ戻り、そのまま西進して44号線に入り、強制収容所のアウシュヴィッツで有名な町、オシフィエンチム(ドイツ語名がアウシュヴィッツ)へ。
町には着いたものの、強制収容所がどの辺にあるのかわかりません。
町の人に尋ねようにも、強制収容所って、英語で(あるいはドイツ語で)何て言うのかわかりません。
ガイドブックのない旅は、かように不便です。
下調べの足りないボクらは、かようにして途方に暮れます。
 
宿を探して昼飯も食わずに三時間ほど町中を走り回りました。
宿は満室か、高いか、ネットがありませんでした。
強制収容所に相応しい重い雲が立ちこめた、今にも雨が降りそうな冷たい風の吹く薄暗い天気でした。
 
スーパーで食料を買い、宿の共同キッチンで夕食を作り、ネットで明日の強制収容所の情報を集めます。
 
?本日の走行距離175キロ(合計588キロ)
?Internet→宿のWi-Fi(無料)だけど部屋では不可。リビングでケーブル可

 

朝→パン
昼→食べない
夜→グリコさんのお手製味噌で豚肉を焼いた

 

スロバキアについてちょっとだけ語ってみた


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スロバキアについて、語ってみたいです。
たった一泊二日しかいてませんけど。
 
Wikiってみると、ハンガリーにずーっと支配されてて、第一次世界大戦後にオーストリア・ハンガリー帝国からチェコと一緒に独立して、その後チェコからも分離。
元共産国で、ハンガリーと同じく1989年頃に民主化。
いじめっ子だったハンガリーより経済力があるらしく、2009年よりユーロを導入してます。
ユーロって両替しなくていいから、ボクらには便利です。
 
昔、ロシアと同じ国旗だったそうです。
 
で、スロバキアを走ってみてどんな印象を受けたかと言うと、南より北のほうが車が多かったなぁっていうくらいしか、思い出せません。
美人も見てないし、っていうか、あまり人を見かけてません。
ハンガリーより英語が通じました。
サンプル数は三人くらいですけど。
ポークの焼いたのと、スープが美味しかったです。
 

〈写真〉2009年6月5日/スロバキアとポーランドの国境にて

2009年6月7日(日)[オシフィエンチム(アウシュヴィッツ)二泊目/ポーランド]


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今日は、ヨーロッパで一番行きたい所ダントツナンバーワンの「アウシュビッツ」見学(詳しくはココ→)です。
9時から第一強制収容所の博物館をじっくり観て、昼飯を食べ、第二強制収容所へ移動しました。
たっぷり歩いて、スーパーに立ち寄って、宿へ帰りました。
 
?本日の走行距離16キロ(合計604キロ)
?Internet→宿のWi-Fi(無料)だけど部屋では不可。リビングでケーブル可
 

朝→パンとバナナとみかん
昼→アウシュビッツの駐車場の前のレストランで、ボクはスパゲティ。祐子は肉類とポテト
夜→ベーコンを焼いたものとコーンスープとトマトのサラダ

 

やはり、アウシュビッツ強制収容所/ポーランド


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前日の夜、アウシュビッツについて予習したら、ユダヤ人がドイツ軍によって腕章を義務づけられたこと、歩道を歩くなと殴られたこと、財産を制限されたこと、ゲットーへの引っ越しを強制されたこと、あげくには強制収容所へ送られたユダヤ人の辛く悲しい苦しみと怒りがべったりと頭に残って、心境はビクビクと怯え逃げ隠れていたピアニストを引きずって「アウシュビッツ強制収容所」へ出かけました。
 
知らなかったのですが、強制収容所は大きくわけて三つありました。
ボクらが泊まっているポーランド南部オシフィエンチム市にあるのが、「第一強制収容所」。
ドイツ軍がここを占領してアウシュビッツと呼んだので、通称「アウシュビッツ強制収容所」。
その近隣の村、ブジェジンカ村にある「第二強制収容所」。
ドイツ軍が村をビルケナウと呼んだので、別名「ビルケナウ強制収容所」。
行きませんでしたが、周辺の工場や施設をまとめて(ドイツの会社は、被収容者を働かせて儲けてました)、「第三強制収容所」です。
 
まず「アウシュビッツ強制収容所」の博物館見学が定石です、たぶん。
博物館横の売店で、「アウシュビッツ ビルケナウ 案内所」を90円くらいで買います。
これがないと、なにがなにやらわかりませんから。
博物館には日本人の公認ガイド中谷氏がいますが、どこで会えるのかさっぱりわからず、ガイドなしでまわります。
ボク的には、被収容者から集めた眼鏡の山とか、靴の山とか、鞄の山とか、7トン分の髪の毛とか、そういうものを写真に撮れば満腹ですが、館内は撮影禁止でした。
 
↓「ARBEIT MACHT FREI(働けば自由になる)」と書かれた門の上の標語。
頭から三文字目の"B"の字が上下逆さまになっていて、これが被収容者のささやかな抵抗だったらしいのですが、ボクの写真には"B"の字が写っていません。構図に拘りすぎて、目的を忘れました。思いっきり失格です。
 
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不謹慎ですが、何故か心が惹かれる「人体実験」の現場
銃殺刑のための「死の壁」
↓これで自殺する被収容者が出た高圧電流が流れる鉄条網
 
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写真に撮りたかった、毒ガス「チクロンB」の缶の山、眼鏡の山、鞄の山、靴の山、義足の山、おびただしい髪の毛、クシやブラシ、歯ブラシの山
↓左右中心に撮影できなかった絞首刑台
 
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↓鉄棒に見えますが、これも絞首刑台です
 
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効率良く人を殺すガス施設
90cm角の超狭いスペースに4人も立たせる拷問「立ち牢」
むち打ちのための専用台
 
午後からは、隣村の「ビルケナウ強制収容所」へ移動しました。
ここはやたら広いです。
なんせ、東京ドーム約37個分ですから。
ゆっくりと散歩しました。
↓意外にのどかな風景です。
 
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↓トイレ。丸い穴が便器です。お尻は拭かないのでしょうか
 
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↓映画なんかでよく見る、強制収容所内まで延びる鉄道引込み線
 
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↓撤退するドイツ軍によって破壊されたガス室
 
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↓人間の灰を撒いた池
 
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32分で800名の処刑できたそうです。
 

〈写真〉2009年6月7日/アウシュビッツ強制収容所/ポーランド

2009年6月8日(月)[オシフィエンチム(アウシュヴィッツ)→オスロウ/ポーランド]

ぞろ目の44号線からぞろ目の11号線に入り、ひたすら北上します。
北のヴィエルコポルスカ(ヴィエルコポルスキエ)県の県庁所在地ポスナンには、祐子の友達のポーランド人娘、ドミニカが住んでいます。
火曜日に遊びに行く約束をしています。
スチューデントホームを無料で手配してくれたそうです。
 
強制収容所を後にしてオシフィエンチムの郊外を走ると、山の中のバイパスの道路脇にミニスカートを穿いて、胸の谷間をぐいっと目立たせた娼婦が、ぽつりぽつりと立っていました。
ポーランド人の男は、月曜日の午前中から遊ぶのでしょうか。
月曜日の午前中って、会議とかないのでしょうか。
そんな緩んだ性根で、週末まで闘えるでしょうか。
 
祐子がポーランド語で書かれたポーランドの地図という宝の地図みたい難解なものを必死に睨んで、有料道路を避けたルートを組みますが、あっさりと道路工事にぶつかり、思うようには進めません。
努力と結果は比例しないものですね。
 
ポーランドは宿が少ない気がします。
今日は、宿探しに苦労しました。
で、苦労して見つけた今晩のホテルは、オスロウの町のセントロに面した最高の立地です。目の前にお洒落なカフェがたくさんあります。
部屋も奇麗だし、レセプションの女性も可愛いです。
なのに約22ユーロ(約2,888円)と、付近ではだんぜん安かったです。
 
?本日の走行距離274キロ(合計878キロ)
?Internet→宿のWi-Fi(無料)


朝→パンとバナナ
昼→久しぶりのマクドナルドが嬉しかったです
夜→宿の隣りのコンビニで買った、パン、チーズ、サラミ。節約してます

 

〈宿〉Marcin Bielas/オシフィエンチム(アウシュヴィッツ)/ポーランド


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共同キッチン付き、Wi-Fi(無料だけど通じなかったです。でもケーブルもあります)
庭が広いです。
バーベキューできます。
リビングでゆったりできます。
旦那のジビーは愛想がいいです。
犬が臭いです。
第一強制収容所と第二強制収容所の中間くらいにある微妙に便利な住宅地です。

〈安宿〉Marcin Bielas。看板にはNOCLEGI(民宿)と書いてあります
オシフィエンチム(アウシュヴィッツ)/ポーランド
〈住所〉Brzezinka ul.Lubinowa 1
〈電話〉0-33-8431684
〈URL〉www.noclegi.oswiecim.eu.org/
〈宿泊費〉二人でシャワー、トイレ付き70plt(ユーロ可)
〈地図〉地図をクリックすると拡大します
 
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〈写真〉2009年6月8日/オシフィエンチム(アウシュヴィッツ)/ポーランド

〈宿〉Hotel POLONIA/オスロー/ポーランド


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セントロの広場に面していて、立地最高。
隣りはコンビニ。
駐車場はセントロ。
頼めば、裏庭にも駐車可(二輪)。
飲み水無料。
 
〈宿〉Hotel POLONIA
オスロー/ポーランド
〈住所〉Rynek 34, Ostrów Wlkp.,
〈電話〉 (0-62) 735-14-37, tel./fax. (0-62) 736-54-96
〈URL〉http://www.poloniahotel.pl/
〈宿泊費〉二人で100pln(約2,888円)
 

〈写真〉2009年6月8日/部屋の窓から広場を望む/オスロー/ポーランド

〈窓から外〉収容する側の強制収容所/オシフィエンチム(アウシュヴィッツ)/ポーランド

 
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久しぶりのシリーズ「窓から外」です。
 
窓はブジェジンカ村にある「第二強制収容所」、別名「ビルケナウ強制収容所」の正面入り口の門の上です。
被収容者が満載された貨物列車が到着するので、いわゆる駅です。
強制収容所駅。
切符の売っていない駅です。
  
収容所管理局長曰く、
「出口は一つしかない。焼却炉の煙突だ」
 

〈写真〉2009年6月7日/強制収容所から/オシフィエンチム(アウシュヴィッツ)/ポーランド

〈窓から外〉収容される側の強制収容所/オシフィエンチム(アウシュヴィッツ)/ポーランド


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↑窓から霊気が流れてるように見えるんだけど...
何なんでしょう、白いもの。
 
ブジェジンカ村にある「第二強制収容所」、別名「ビルケナウ強制収容所」の収容所の窓です。
被収容者はこの窓から外を眺めました。
東京ドーム約37個分も広大なのに水がなく、けど湿地帯という、悲しい矛盾に満ちた土地です。
52頭分の馬小屋に1,000人を収容し、腐った稾を敷いて寝て、ネズミが出て、雪が降ります。
囚人服は数ヶ月ごとに、下着は数週間ごとに支給され、洗濯は許されず。
チフスとカイセンが流行してました。
 
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〈写真〉2009年6月7日/強制収容所から/オシフィエンチム(アウシュヴィッツ)/ポーランド

2009年6月9日(火)[オスロウ二泊目/ポーランド]

薬師丸ひろ子の誕生日です。
おめでとう45歳。
 
朝っぱらから雨です。
雨の日は走らないという家訓を守り、お昼過ぎに会う約束をしていたポスナンに住むドミニカに電話して、今日の移動はお休みにします。
祐子は仕事にかかりました。
30分おきに教会の鐘が鳴り、正午にはトランペットが静かに流れました。
昼飯を食べて、町内を散歩。
雨は強くなり、弱くなり、やがて止み、陽が出て、また降り出し、風が強くなり、21時になってもまだ薄暗い程度に明るいです。
祐子は、仕事に追われています。
ボクはブログの整理と仕事です。
NHKの原稿を送りました。
とにかく一日中、仕事でした。
 
?本日の走行距離ゼロキロ(合計878キロ)
?Internet→宿のWi-Fi(無料。なぜかウィンドウズ機では接続が悪いです)

朝→パンとバナナ
昼→近所でポーランド料理のスープとサンドイッチ。100%英語が通じません
夜→ケバブのお持ち帰り。買い過ぎて反省してます

 

2009年6月10日(水)[オスロウ→ポスナン/ポーランド]

石畳の広場と教会に鳩がよく似合います。
薄曇りがまたよいです。
お昼頃、出発。
11号線から92号線、北へ。
交通量が増えて、2、3台まとめて追い越す豪快ぶっこ抜き派が、恐いです。
こいつら、車間距離が狭いです。
 
ポーランド人の友達ドミニカが手配してくれたポスナンのシェアハウスにたどり着いたのが、16時。
10畳くらいの陽あたりの良い部屋を無料で借してくれました。
大きなソファベッドが二つ、両側に引出が付いた大きな木造机がひとつ、大きなタンスがふたつ、その他本棚や棚が置いてあるけど、持て余すくらい余裕の広さです。
正規料金で借りると、一週間60ドルくらいだそうです。
ネットの設定に苦労して、スーパーで食糧の買出しをして、ドレッドヘアのルドウィックと唇が赤いラデックとドミニカの五人で、バスに乗ってセントロへ繰り出し、途中激しい雨に見舞われ、安いポーランド料理を食べて、甘い味のビールFortunaで乾杯しました。
なぜかポーランドで日本のお線香「「沈香 好文木」」が流行しています。
 
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ラデックの英語がわかりにくいけど、時々甲高い声でオドケル愉快な青年です。
ルドウィックはボク以上に英語が話せず、ポーランド語で早口です。
ドミニカの話すスペイン語はわかりやすいです。
深夜営業のバス停までずいぶん歩き、深夜営業の出店で40センチくらいの長さのピザっぽいパン、ザピカンカを食べました。
こりゃ工夫すれば日本でも流行するぞ!
と誰もが思うようなことをボクも思ったりしたものです。
世の中はそんなに簡単ではありません。
 
?本日の走行距離133キロ(合計1011キロ)
?Internet→シェアハウスのケーブル。設定が必要でウィンドウズ機のみ接続

 

朝→パンとサラミ(美味いです)とカマンベールチーズ
昼→レストランでゆるくて薄味のスパゲティ。失格です。祐子はスープ
夜→ポーランド料理。芋と小麦粉を混ぜて丸めて茹でたもの

 

2009年6月11日(木)[ポスナン二泊目/ポーランド]

小柄で眼と眼の間が狭い肉食動物系の顔をしたケイティは村上春樹を読み、X JAPANを聴きます。
本に村上春樹とサインしてあげたら、たいそう喜んでくれました。
 
午前中、ルドウィックに洗剤を頂いて洗濯。
祐子はドミニカの黒い指輪を作り始めました。
カメラマンを目指しているルドウィックの車で、ノーブラのアンナと4人でセントロへお出かけです。
今日のポーランドは祭日です。
白いドレスを着た子供たちがお花を撒いて歩く、カトリックの祭りです。
街のシンボルである二匹のヤギの古いカラクリ人形と、金がふんだんに使われた豪勢な教会を見て、散歩しながら家賃6万円のドミニカのアパートメントへ。
白菜を切って、ニンジンを切って、ピーマンを切って、キュウリを切って、にんにくを切って、玉ねぎを切って、オリーブオイルでひたすら炒めます。
ポーランド料理かと思ったら、味付けはボクの仕事でした。
無国籍野菜炒めと白菜のサラダとご飯に、麦を炊いた(?)ようなカシャグリターナです。
 
ルドウィックの秘密の場所、ポスナンの街が一望に見渡せるイリーガルなポイントへドライブしました。
建築途中で放置された森の中の廃墟で、柵が張り巡らされた立入禁止区域です。
残念ながら警備員に見つかり、忍びこめませんでした。
廃墟のまわりには、気持ち悪くなるほど大きなかたつむりが、目眩がするほどたくさんいました。
 
さらにドライブして、隕石が落ちた穴を見に行きました。
小雨降る暗い森の中の泥道を歩きました。
隕石の穴には、緑色の水が溜まっていてかなり不気味です。
 
ボクらの部屋で、ズブロッカ(バイソングラスが入ったポーランド産が由緒正しいです)とリンゴジュースで乾杯し、ルドウィックのお手製のワインを飲み、ルドウィックのMAMIYAの古いカメラを見て、甘い香りの水煙草を吸い、ルドウィックは巨大なディジュリドゥを吹き、ボクのギターでコラボです。
 
ドミニカからたくさんのポーランドのお菓子と、薬にもなるというスペシャルなウォッカを頂戴し、バス停まで見送りました。
ラディックから、スープの素をたくさんいただきました。
ルドウィックから、ポーランドミュージックのCDをいただきました。
ポーランド人って、とても優しいです。
 
外の気温は13度です。
洗濯ものは乾きませんでした。
 
?Internet→シェアハウスのケーブル。設定が必要でウィンドウズ機のみ接続
 

朝→パンとサラミとカマンベールチーズ、みかん
昼→ドミニカの家で、野菜炒めと白菜のサラダ
夜→ドミニカからもらったチーズのスープとソーセージを茹でた。ソーセージが美味いです

 

強制収容所のトイレの紙と掃除/オシフィエンチム(アウシュヴィッツ)/ポーランド

 
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上の写真が、強制収容所のトイレです。
中国式と似ているようだけど、他人の尻を見なくて済むのが、さすが西洋式です。
どうして中国人は三千年もかかってこの発想ができなかったのでしょう。
 
ところでボクが気になったのは、紙です。
収容所でトイレットペーパーが支給されたとは考え難く、なんせ囚人服で数ヶ月、下着で数週間も支給しないドイツ軍が他人のお尻に優しいとは思えず、そうするとお尻は拭かなかったのでしょうか。
まさかタイとかインドのように水では洗わんだろ、とか考えてたら、新しい疑問が浮かびました。
このトイレって、水洗ですかね。
レバーもないし、水洗には見えないです。
ということは、この低さでボットン式...、なのでしょうか?
っということは、溜まったブツは、どうやって掃除したのでしょう。
手前の四角い穴に秘密がありそうです。
ところてん式に押し出したのか、としても、いったいどうやって?
 

〈写真〉2009年6月7日/オシフィエンチム(アウシュヴィッツ)強制収容所/ポーランド

2009年6月12日(金)[ポスナン→ノウェ・ミサト・ウバヴォスキ(と発音するかどうかは知りません)/ポーランド]

今日は風が強くかなり涼しいです。
ルドウィックがドミニカからの伝言を伝えてくれますが、なんせルドウィック、さっぱり英語が話せないので、詳細も概略も意味不明です。
伝言ゲームは苦笑いで終了となりました。
そんなルドウィックに見送られて、出発。
5号線、15号線と北東へ走ります。
メンドクサイので、ワルシャワに行くのは止めました。
っていうか、ワルシャワに何があるのかわかりませんねん。
ヨーロッパを走って初めてバイク野郎をたくさん見ました。
↓ガソリンスタンドに駐車されてた戦闘機。
 
P6120778.jpg
ポーランドはソ連一派だったことを考えると、この戦闘機はミグなんでしょうか。
でも尾翼は小さいし、主翼は三角じゃないし、違うメーカーのような気がします。
  
?本日の走行距離★★★キロ(合計★★★キロ)
?Internet→宿のWi-Fi(無料)
 

朝→パンとサラミとカマンベールチーズ
昼→マクドナルド。発見すると寄らずにいられないです。ボクはビッグマック。祐子はフィレオフィッシュ。定番です
夜→パンとサラミとカマンベールチーズとピクルス

 

〈三台目の相棒〉ヨーロッパでも清貧の取り付け

いかにお金をかけず、しかもスクーターに傷がつかないようにして荷物を積むか、が課題です。
 
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↑この旅三台目の相棒、Burgmanの後部座席の背もたれを取り外すと、穴が三つ残りました。
で、この穴を利用して2008年夏、カナダを西から東へ走ったときのキッチン用品を取り付けます↓
 
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ボディに傷が付かないよう、黒いゴムを噛ませました↑
↓股先には買い物バッグを取り付け、やはり傷が付かないようにボロ切れを挟みました
 
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↓バッグの着脱には、この金具が一番ラクです。
 
P6060590.jpg
↓サイドバッグがこすれて傷を付けないように、ボロ切れを挟みます。
 
P6060588.jpg
↓シート下には、パソコンが横位置で入るゆとりサイズです(Silver Wingは縦位置でした)。
 
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シート下収納は、Silver WingよりBurgmanの方が容量が大きく、入れやすい形です。

〈アミーゴ〉エクトプラズムのようなポーランド人

 
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カメラマン志望のルドウィックです。
大学の卒業制作で使ったカメラは、MAMIYAの古いのです↓
 
P6120766.jpg
カメラの背面の金具を調整すると、ピンぼけ具合が楽しめるタイプです。
作品はコチラ→(4つのカテゴリーの一番上の作品集が、このカメラを使ったものです。ボケ過ぎだけど、なかなかステキです)。
 
ルドウィクは、一緒に歩くとよくお金を拾います。
彼は二日にわたって車を出してくれ、ズブロッカと水タバコと手作りワインをご馳走してくれ、ディジュリドゥを吹いてくれ、ポーランドミュージックの厳選CDを作ってくれました。
激しく親切でした。
 

〈写真〉2009年6月11日/ポスナン/ポーランド

2009年6月13日(土)[ノウェ・ミサト・ウバヴォスキ(と発音するかどうかは知りません)→オルシェン/ポーランド]

朝、窓の外は雨。
雨が降ると気落ちしますが、しめしめ今日は休めるわいと密かに喜んだりもします。
「雨天は走らず」の家訓に従い、レセプションの二の腕の妙に太い女性に今晩も泊まりたいと身振り手振りでお願いしたら、
「予約で満室です」
と、身振り手振りと解読不可のポーランド語で拒否られました。しかも
「ちなみに今夜はお祭りがあるので、町中のホテルは全部いっぱいです」
町ぐるみの完全拒絶です。
 
お昼ちょっと前にいやいや出発しても、豪雨に負けてレストランですぐに休憩しました。
もう全身はずぶずぶに濡れてます。
小雨になると走り出し宿を見かけては停車して値段を訊きますが、高いか満室かネットがありません。
沿道の看板に誘われて森の中の泥道を延々と行けば、心細くて泣きそうになったころ、どうして人はこんなところに住まねばならぬのか、といった人里離れた宿で豪雨の結婚式があったりしました。
結局雨には勝てず、暖房が入り(今までの宿の暖房は動きません。たぶん季節柄...)、冷蔵庫があり、テレビは薄型で、湯沸かしポットがある4,000円くらいの高級ホテルに宿泊しました。
こんな高級な部屋に泊まれるなんて、と、祐子とふたり、幸せを噛み締めています。
若い頃、一生懸命働いたおかげだと自分たちに感謝したりしました。
そして深夜まで仕事をしました。
 
?本日の走行距離97キロ(合計1,361キロ)
?Internet→ホテルのWi-Fi

 

朝→宿のパン。ハムが三種類、チーズは二種類、ソーセージと意外に豪勢なり
昼→ポーランドの細長いピザっぽい食べ物ザピカンカ。祐子は餃子のようなもの
夜→昨夜の残りのパンとカマンベールチーズとサラミとピクルス。祐子は10センチほどのピクルスを一挙に三本も食べます。病気じゃないだろうか

 

2009年6月14日(日)[オルシェン二泊目/ポーランド]

雨は降っていないのだけれど、スクーターに股がって能天気に走る気分になれません。
黒い雲と東欧の暗い社会主義的秘密警察イメージがネガティブにコラボってまして、どーもウキウキしてきません。
よって、今日の移動はお休みとさせていただきます。
ここのホテルは高いので(一泊4,000円)、せめて精一杯お仕事に邁進する所存です。
でないと気が咎めて落ち着かない貧乏性です。
終日、仕事。
特に祐子。
働く。
NHKの原稿を送りました。
 
真夜中、Rタロー君から貰った宮沢章夫「牛への道」でひつこく爆笑する祐子。
近所迷惑です。
 
?Internet→宿のWi-Fi(無料)
 

朝→一昨日の夕食の残りのパンと粉スープとピクルス。祐子は10センチほどのピクルスを三本もばりばり食べました。死ぬんじゃないだろうか
昼→マクドナルド
夜→ポーランド製と思われるカップ麺。お湯を注いでスプーンでかき混ぜて作るインスタントマッシュポテト。ハム。祐子がピクルスをぼりぼりと数本も逝っちゃいました。食い過ぎで死ぬんでなかろか

 

〈アミーガ〉ポーランドの女子大生

 
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祐子が2009年の1月6日にメキシコのサンクリストバル・デ・ラス・カサスへ遊びに行って知り合ったのが、ポーランド人のドミニカです。
現役の女子大生です。
絵描きのミッチーやパティシエのサトコちゃんや靴を作るソウ君や、やはり靴を作るミチヒコ君を知る、ある意味日本通です。

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ポーランドに来たからには、寄らんわけにゃいかんだろと、メールして電話して遊びに行きました。
女子大生のドミニカはやはり女子大生の妹と二人で暮らしているのですが、そのある意味花園とも言える家に潜入しました。
SAABが陳列されたショールームのあるビルの最上階の部屋に、花園がありました。
斜めに傾いた天井のトップライトから湖が見渡せ、ボクが独身だったころ住んでいた、高田馬場の神田川の横に立つマンションを彷彿させました。
家主さんはクリーニング屋さんでした。
そんなことはどうでもいいんだけど。
 
彼女を撮影したら、修正したんじゃないかぐらいの美人に撮れてて、こりゃあんたの人生で一番でしょ、と自信たっぷりに見せたら、もっと可愛く写しなさいと駄目だしされました。
いや、これ以上は無理だから...
 

〈写真〉2009年6月11日/ポスナン/ポーランド

〈動画〉ポーランドの田舎道をスクーターで走った

 

 
ポーランドの16号線を東へ走りました。
目障りな看板がありません。
ほとんどセンターラインもありません。
対向車も滅多に走って来ません。
Augustowという町から北へ向かえば、二時間くらいでリトアニアへ入ります。
青空で気持ちのいい田舎道でした。
スクーターはSUZUKIのBURGMAN 650。
祐子と二ケツです。
 

〈動画〉2009年6月15日/ポーランドの16号線を東へ

2009年6月15日(月)[オルシェン→マリヤーンポレ/リトアニア]

やや風強し。
空青く、雲白く。
ヨーロッパで初めてのバイク日和なり。
牛と馬を眺めながら、16号線を東へ東へどんどん東へ。
(走行中の動画はコチラ→)
8号線から北へ向かいます。
この辺りは氷河期の影響でしょうか、やたらと湖が多いです。
行き交う車が少なくなってきました。
道を間違うとロシアの飛び領地に迷い込み、ビザを持ってないのでたいそう困る事になると思います。
昼飯を食べた後、ポーランドのお金が一銭もない事に気づきました。
カードは使えないと言われ、ユーロで勘弁してもらいました。
夕方、バルト三国の一角、リトアニアに入りました。
さて、どんなお国なんでしょう。
さっぱりわかりません。
国境には厳めしい建物が立ち並んでましたが、例によってパスポートチェックはありませんでした。
マリヤーンポレなんて聞いたことのない町に入り、ホテルを探してます。
どいつもこいつも40〜50ユーロと高いです。
 
ポーランドの女子大生ドミニカから貰ったウォッカを飲んで寝ました。
 
?本日の走行距離332キロ(合計1693キロ)
?Internet→ホテルのWi-Fi

 

朝→パンとカマンベールチーズ
昼→川魚のフライとポテト。
夜→パンとチキンをスーパーで買って、ピクルスも食べた


パワーポイントのファイルをネットで開いた〈google docs〉


ピクチャ 1.png
今日メールで貰った原稿にパワーポイントのファイルがあって、焦りました。
去年Macを買い替えたので、パワーポイントがありません。
で、ちょいとネットで調べたら、「google docs」のサイトで、開くそうじゃないですか。
驚くほど簡単に開きました。
英語なのに。
テキストも取り出せます。
なんて便利な世の中なんでしょう。
googleにお礼状を出したいほど、感謝しています。
 

2009年6月16日(火)[マリヤーンポレ二泊目/リトアニア]

雨。
たいした雨じゃないけど、雨は雨。
家訓は「雨天中止」です。
今日はお休みします。
祐子は一日中仕事です。
シーカヤックのツアー会社のホームページをしこしこ作ってます。
ボクの仕事は少しだけです。
司馬遼太郎の「ロシアについて」を読んでました。
 
雨は強くならず、弱くならず、坦々と降るのみ。
空は一面白。
ひとりでスーパーまで散歩。
護岸工事していない町の川は、蛇行していて、緑に覆われて、水草が長く揺れてて、恐いくらいに自然です。
 
?本日は雨天のため走りませんでした
?Internet→ホテルのWi-Fi

 

朝→ホテルの朝食。サーモンが出て驚いた
昼→昨夜の残りのパン、ピクルス、カマンベールチーズ
夜→スーパーで買ったリトアニアのお惣菜。豚足っぽい肉やハンバーグっぽいものや、韓国料理のチヂミっぽいものやサラダやパエリアっぽいもの、です

 

2009年6月17日(木)[マリヤーンポレ→ニダ/リトアニア]

出発時は天気晴朗なれど、途中一時雨。
ガソリンスタンドでコーヒーを飲んで雨をかわし、141号線で進路を西へとり、バルト海を目指しました。
ときどきコウノトリではないかと思われる鳥の巣が、電信柱のてっぺんに鎮座してます(写真と記事はこちら→)。
感電したりしないのでしょうか。
心配です。
田畑の真ん中で自転車に乗った翁に声をかけられました(翁の記事と写真はこちら→)。
たぶん訛ったリトアニア語です。
楽しくなるくらい何一つ理解できませんでしたが、笑い合い握手しました。
祐子は手の甲にキスされてました。
リトアニア人との交流でした。
 
ロシアの跳び領地を西にかすめて走り、クライペダ市からフェリーに乗って10分、バルト海に面したユネスコの世界遺産の超細長い島、クルシュ砂州に上陸しました(動画はこちら→)。
島の南側はロシア領です。
ここからならロシア領に忍び込めそうでわざわざやって来ました。
明日、ロシアに忍び込んでみます。
 
ヨーロッパに上陸して初のテントを張りました。
22時過ぎても明るいです。
っていうか、いつのまにか時差が一時間進んでました。
ま、態勢に影響はないけど。
 
?本日の走行距離306キロ(合計1,999キロ)
?Internet→キャンプ場のWi-Fi(一時間5リタス/約200円)

 

朝→宿の朝食。鮭が出て嬉しい
昼→レストランで祐子はスープだけ。ボクは豚肉定食
夜→ユーロッパ、初の自炊。豚肉の味噌焼き(味噌はグリコ製)。インスタントみそ汁

 

2009年6月18日(金)[ニダ二泊目/リトアニア]

クルシュ砂州をスクーターで南へ下り、目指すはすぐそこのロシア領です。
ロシア方面へ向かう車両はボクらだけです。
警察官が二人茂みに隠れていました。
ボーダーは普通に厳重で、散歩のついでに潜入するという雰囲気ではありませんでした。
海岸線から歩いて密入国する手もあるかもしれませんが、そこまでしていく用事がありません。
ロシア散策は断念しました。
砂浜や海水浴場を眺めて、反対側のデューンを降りて海岸を散歩して、テントに戻って昼飯にお餅を焼いて醤油をつけて海苔を撒いて食べて、ダウンタウンから海岸線をハーモニカを吹きながら散歩して、祐子がリトアニア産の琥珀を買って、食料を買ってテントに戻り、軽く読書して昼寝しました。
今日はネットのつながりが悪いです。
夕方から雨が降ったり止んだりです。
タイ人のプーさんから貰ったタイスープを食べたら、イマイチ美味しくなかったです。
ボクは頭が痛いのでさっさと寝ました。
ちょっと寒いです。
 
?クルシュ砂州をぐるぐる26キロほど走りました
?Internet→キャンプ場のWi-Fi(一時間5リタス/約200円)

 

朝→パン
昼→お餅
夜→タイ人のプーさんから貰ったタイスープ、チキン入り

 

電柱の上は、コウノトリでしょうか?

 
P6170799.jpg
リトアニアの田舎道を走っていると、電柱の上に鳥の巣をよく見かけます。
けっこう大きいです。
↓祐子と下した結論は、コウノトリです。
 
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〈写真〉2009年6月17日/リトアニア

何を言ってるのか、さっぱりわかりません/リトアニア


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ヨーロッパの田舎道をわざわざ選んで走ってると農村部ばっかりですから、小気味いいくらい英語が通じません。
日本でも北海道の東川の田畑の真ん中で、ボクの母を捕まえて英語で道を尋ねても、そりゃかなり無理です。
母は死んだふりをするかもしれません。
レストランのメニューにも一文字だって英語はありません。
誰かが何かを食べていれば指差し注文でもするんですが、ボクらは運が悪い質なので必ず誰もいません。
昼飯時は、楽しい苦労をしてます。
 
写真のおじさん、「ライフ・イズ・ビューティフル」でロベルト・ベニーニが乗ってたようなオンボロ自転車でやって来ました。
とてもご機嫌な人で、いろいろ話しかけてくれるんだけど、意味がわからないというより、使っている言語すら判明できません。
ここはリトアニアなんだから、たぶんリトアニア語なんでしょうけど。
ま、とりあえず北へ向かうんだと身振り手振りで伝え、面倒になったところで熱く握手を交わしました。
祐子は右手に甲にキスをしてもらいました。
おじさん、ズボンの大事な所、穴空いてるよ。
と、日本語で指摘しときました。
 

〈写真〉2009年6月17日/リトアニア

〈動画〉リトアニアのクルシュ砂州をスクーターて?走った

 

 
ユネスコの世界遺産、たぶん誰も知らないだろうけど、クルシュ砂州という細長い島へ渡りました。
祐子の気まぐれで、聞いた事のないのになんとなく来てしまいました。
この島、砂州っていうくらいですから砂が主役で、トーマス・マンが「北のサハラ」と呼んでます。
16世紀以降だけで、14の村が砂に呑み込まれたそうです。
ほぼ100年に一村。
一気に呑み込まれるのか、じわじわと呑み込まれるのか、気になります。
島には首の骨のように一本道が通ってて、南へ下るとロシア領です。
旧石器時代から人が住んでいて、食糧難にはカラスを食べたそうです。
 
スクーターはSUZUKIのBURGMAN 650。
祐子と二ケツです。
 

〈動画〉2009年6月17日/クルシュ砂州/リトアニア

〈動画〉リトアニアからラトビアへ国境を越えました

 

 
ヨーロッパはシェンゲン協定実施国だと、国境検問所が撤去されていて、ようするに国境でパスポートチェックとかがありません。
てか、検問所が閉鎖されていて、人っ子一人いません。
廃墟です。
昼とは言え不気味です。
最初の建物がリトアニアの出国用、次のがラトビアの入国用だったと思います。
 
西側のバルト海と東側の湖に挟まれたA13号線を北上して、リトアニアからラトビアへ国境を越えました。
ほとんど車の通らない寂しいところです。
SUZUKIのスクーター、バーグマン650に二人乗りしてます。
 

〈動画〉2009年6月19日/西側のバルト海と東側の湖に挟まれたA13号線/リトアニア/ラトビア

2009年6月19日(土)[ニダ→サルダス/ラトビア]

お昼にマクドナルドに寄って流暢な英語で完璧な注文をしたけど、クレジットカードが使えませんでした。
がびーん、って返事しときました。
カードの使えないマクドナルドは初めてです。
ちなみにユーロもあきまへん。
 
バルト海に沿ってA13号線を北上し、ラトビアに入国しました(動画はこちら→)。
ラトビアからはA11号線です。
風が強いです。
車はほとんど走っていません。
人影がありません。
緑が多いです。
たまらなく寂しげです。
ラトビアって、どんな国なんでしょう。
イメージゼロです。
スーパーで感じたのは、ラトビアとリトアニアはお惣菜が充実してます。
鮭が食べられます。
 
寒くてキャンプする気になれません。
 
?本日の走行距離272キロ(合計2297キロ)
?Internet→ホテルのWi-Fi(無料)

 


朝→パン
昼→ボクはハンバーグ。祐子は鮭
夜→チキンとラトビアのお惣菜。たとえば芋をすり潰して油で揚げた韓国のチヂミっぽいもの、とか

 

酔っぱらいのラトビア人と、琥珀をくれたご夫人


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ラトビア人は意外に親切かもしれません。
道を訪ねれば、懇切丁寧に教えてくれます。
20分くらいたっぷりと...
えーい面倒だ、ついて来いよ、と走り出したけど、すぐに疲れたらしく、立ち止まって地図を描き始めました。
地図はよっぽど出来が悪いのか、首を捻っては描き直しますが、そのうち紙面からハミだして、収集がつかなくなりました。
おじさん、もう結構です。
仕事が丁寧というか、妥協を許さぬ芸術肌に感服しますが、酒臭いです。
酔っぱらって、わけわからなくなってるみたいです。
そんなボクらを窓から眺めていたご夫人が、手招きして琥珀をプレゼントしてくれました。
琥珀のオーラは健康にいいそうです。
 

〈写真〉2009年6月20日/タルシ/ラトビア

くどい看板の黒いブラジャー/リトアニア

 
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写真の看板、要するに女性専用ビーチって事なんですが、くどいです。
マークを二枚も使うから、考え込んじゃいます。
それにしても黒いブラジャー、もうちょっとデザインできなかったんですかね。
っていうか、二色もいらないです(赤を除く)。
つまり看板は、紺色だけの一枚で済みます。
経費節減できるという、どうでもいい話です。
 
黒いブラジャーとパンツを集中して見ると、顔に見えます。
 

〈写真〉2009年6月18日/クルシュ砂州/リトアニア

2009年6月20日(日)[サルダス→タルシ/ラトビア]

東欧と北欧のガイドブックを持っていないので、寄るべき観光地がわからず、レンタルバイク屋REDBARONのペーター氏に一笑されたあまり詳細でないヨーロッパ地図を頼りに、ヨーロッパのほぼ最北端ノールカップを目指して北進しています。
昨夜祐子がネットで見つけたラトビアの観光地、スリテレ保護区にヘラジカ博物館があり、ヘラジカは祐子の大好物だと告白され、エストニアに抜けるには遠回りですが、急ぐ旅でもないですから、寄り道します。
交通量の少なそうな道を北へ進めば、P109号線は4キロ、8キロ、4キロと未舗装道路で、アルゼンチンのルート40号以来のダートだなぁと懐かしみながらも、砂利の振動がシート下のパソコンに悪影響がでないか心配です。
A10号線を西へ向かい、雨に降られて昼食をとりました。
空を見上げると白く輝く逞しい雲と黒く陰気なヘビメタ雲が折り重なってものすごい勢いで流れています。
降ったり晴れたり降ったり晴れたりと忙しないです。
スーパー兼パン屋の軒先で雨宿りをしてたら、大柄な若い女性に声を掛けられ、「日本人だよ」と最高の笑顔で答えれば、日本食を作ってくれと頼まれました。
彼女の名はエバ。
何て爽やかに厚かましい奴なんだと思うには思うのですが、これも何かの縁かもしれんと了承し、明日「日本食の夕べ」を実演する運びとなりました。
お陰様を持ちまして、タルシというまったく聞いたこともない町に泊まるはめになり、しかも宿はアメリカ、カナダより高い8,000円(豪華な朝食、ジャグジー込み)です。
二泊しなくちゃなりません。
この日本食を広めるための必要経費は、どこに請求したらいいのでしょう。
 
宿の猫を傍らに寝かせて、祐子は仕事を始めました。
毛だらけです。
 
?本日の走行距離118キロ(合計2415キロ)
?Internet→宿の長いケーブルを廊下から(無料)

 

朝→パン
昼→ボクは豚肉定食。祐子はチキンカレー
夜→スーパーで買ったサンドウィッチ、サラダ

 

2009年6月21日(月)[タルシ二泊目/ラトビア]

祐子は朝から仕事で、Ajaxの研究です。
ボクはネットでヘルシンキの安宿を探してますが、どこも高いです、フィンランド。
宿が高いと飯が祖末になります。
粗食が続くと、貧しい心が傷みます。

さて夕方の17時、昨日日本食(寿司)を握れと迫ったエバの経営するcafeへ出かけました。
cafeの厨房の一角を陣取り、まず味噌を味見してもらいましたが、味噌を理解してもらえなかったのでメニューから外し、お米を炊き、錦糸卵を焼き、厚焼き卵を焼き、冷凍エビを茹で戻し、アボガドとキュウリ、そしてサーモンを切りました。
 
エバのお店(同じ棟の小さなスーパー)の商品の寿司酢を使い、祐子がサーモンを握り、アボガドと卵には海苔を巻き、エビは軍艦にし、サーモンとキュウリとアボガドを海苔巻きにしました。
サービスでちらし寿司も用意しました。
ボクは得意の鶏の唐揚げに挑戦しましたが、油の温度が高過ぎたようで、色黒のきつね色になり反省してます。
エバの旦那のクリスと、クリスの妹夫婦に囲まれて、ラトビアの日本人の誰も知らないであろう田舎町で日本食の夕べが始まりました。
お寿司は写真で証拠を残すには忍びない外見でしたが、評判ヨカッタです。
唐揚げはサルサをつけた方がベターだと、クリスから余計なアイディアを頂きました。
ビールとラトビア料理(スープとサラダとアップルパイもどき)をご馳走になり、中国人の悪口から、日本人の自殺の多さと物価の高さ、ラトビアの失業率の高さと経済成長の失速まで、エラそうに話し合いました。
ちなみにクリスの妹の旦那以外、アメリカやカナダで生活した経験があり、ボクの100倍以上は英語に堪能です。
 
?Internet→宿の長いケーブルを廊下から(無料)
 

朝→宿の豪華な朝食
昼→菓子パン
夜→お寿司の夕べとラトビア料理

 

〈アミーゴ〉巻きすを持ってたラトビア人

 
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エバ(35歳。右から二人目)と旦那のクリス(32歳。右端)は、cafeと小さなスーパーとパン屋を経営しています。
焼いたパンは近隣のお店50店に卸し、以前はアメリカからラトビアへ中古車を輸入し、子供は三人いるしで、若いくせになかなか商売人です。
今は関税が高くなり、中古車輸入業は廃業しました。
微妙に気になったのは、cafeのメニューのお寿司です。
厨房の誰一人としてお寿司を握れない疑惑があります。
疑惑は真っ黒ですが、心配は無用でした。
この町には日本食レストランはおろか中華料理もなく韓国人もいないので、どんなびっくり仰天奇天烈お寿司を出しても、それがお寿司なのです。
そんな裏事情があって、東洋人のボクらを見かけてたまらず声を掛けてきたんでしょう。
「お寿司を作ってください」
もちろん、お寿司なんて握ったことないですが、
「Sure!」
 
翌日、ボクと祐子は"握り"、"海苔巻き"、"ちらし"と寿司三部作を披露しました。
彼らは海苔巻きで大きく頷き、サーモンの握りでちょっと驚いてたので、海苔巻きが彼らにとってのお寿司だったようです。
そしてお寿司にガリを重ね、お醤油をぶっかけて食べようとしました。
油断も隙もありません。
エバはボクらの仕事ぶりを熱心にメモしてたので、明日からのお寿司はやや日本風になることを期待したいです。
 
エバは野望はこの田舎にお寿司を広めることらしく、お店には、醤油、海苔、寿司酢、わさび、魚醤なんかが並んでました。
魚醤は使わない方がいいと思います。
cafeでお寿司の味を覚えさせ、ご家庭でもどうぞって作戦です。
川上から川下です、違うか。
巻きすを持ってたのには驚いたです。
 
ところでこの町に、お寿司を注文するお客さんって、いるのだろうか?
 

〈写真〉2009年6月21日/タルシ/ラトビア

2009年6月22日(月)[タルシ→エングレ/ラトビア]

天気良し、体調良し、夫婦仲良し、P125号線を北へ向かって微速前進。
スリテレ保護区(国立公園かも)の舗装したての黒いアスファルトを爆走し、左へ折れて森の中の心細い砂利道を進むと誰もいない砂浜に出ました(動画→)
想定外です。
戻って右手に曲がり、国立公園の森林監視員が森から拾ってきたヘラジカの角を自宅の二階に飾った、「角の博物館 Museum of Horns & Antlers」を訪ねました。
ロンプラに載ってるそうです。
おじいさん(国立公園の森林監視員の息子)はドイツ語を話すので皆目意味はわかりませんが、700本の角はすべて拾ったものです。
ハンティングではありません。
その他、イーグル、熊、イノシシ、ヒョウみたいのの毛皮やら剥製があり、15分くらいで満腹になりました。
 
P125号線は途中から未舗装になり、リガ湾の西側に突き出たコルカに出て、P131号線を南東へ下ると左手側はバルト海ですが、痩せた松の防風林が邪魔で全然見えません。
ラトビア人に人気のエングレ湖は知らないうちに通り過ぎました。
キャンプ場をちらほら見かけますが、ついついホテルに泊まってしまい、清貧の思想はどこへ行ってしまったのでしょう。
 
?本日の走行距離196キロ(合計2611キロ)
?Internet→ホテルのWi-Fi(無料)


朝→宿の豪華な朝食
昼→スーパーのお惣菜のサラダと小さなハンバーグ。パンとハムを道ばたの駐車場でもしゃもしゃ食べました
夜→宿のレストランでハンバーグ。祐子は魚

 

〈動画〉ラトビアで道に迷ったら、砂利道の先にはバルト海が...

 

 
P135号線を北上してたら、砂砂利の未舗装道路になってしまって、あれれれれって走ってたら、そのうち迷子になりました。
バルト海に出ちゃいました。
 

〈写真〉2009年6月22日/P125号線を北上/ラトビア

2009年6月23日(火)[エングレ→パルヌ近郊/エストニア]

P131号線を東へ、ラトビアの首都リガを通り抜けて、A1号線を北上。
風が強くて、けっこう煽られます。
追い越しが多いので、100キロ以下の車は遠慮がちに路肩を跨いで走るのが、マナーみたいです。
どいつもこいつもセンターラインを跨いで、数台ぶっこ抜きで爆走してます。
対向車の方が衝突を避けて路肩へ逃げ、クラクションを鳴らすアホンダラはいません。
秩序がありました。
左折せんと左側のウインカーを点滅させた車の、左側を追い抜く馬鹿までいました。
おまえら、みんな死んでまうど。
ボクらのBurgmanは荷物の積み過ぎで後続車が見えません。
これがけっこう辛いです。
 
エストニアに入り、バルト三国を制覇しました。
この旅、33カ国目。
ぞろ目記念。
A1号線の脇道を左に入って、未舗装道路の先のキャンプ場が今晩の宿です。
広い芝生の端までWi-Fiが飛んで、テントの中でもネットは快適です。
ちなみにコンセントはありません。
ちなみにトイレも電気はありません。
ちなみにトイレは汲取です、
 
キャンプ場の娘さん、エストニアの女子大生が日本語を話せてびっくりしました。
学習院に留学してたそうです。
彼女から焼いたカレイを頂きました。
チョベリ、美味かったです。
サウナがあったので入りました。
蚊に刺されます。
 
?本日の走行距離297キロ(合計2908キロ)
?Internet→キャンプ場のWi-Fi(無料)。感度良好
 
朝→パン
昼→マクドナルド
夜→トマトとベーコンのスパゲティ。イチゴ。日本語を話せるアイケから頂戴した焼き魚のカレイ
 

2009年6月24日(水)[パルヌ近郊→タリン/エストニア]

フィンランドはヨーロッパ大陸と地続きですが、ロシアの領土が我ら西側陣営を分断しているため陸路では入国できません。
ロシアは今時ビザが必要なので、迷惑な国です。
陸路が無理なら海路です。
フィンランドの首都ヘルシンキへ、エストニアのタリンという街からフェリーが出てます。
タリンは世界遺産でもあり中世の面影が残る旧市街が有名ですが、ヘルシンキの影響が強くてビルが小洒落てたです。
宿を探しまくりましたが駐車できないか宿泊費が高く、ヨットハーバー脇のキャンプ場に泊まりました。
ネットはエストニア政府のWi-Fiが無料で使えるのですが、パスワードを取得するのに電話が必要で、ボクらは携帯電話ないです。
キャンプ場のお兄さんが率先して手続きをしてくれました。
エストニア人って優しいです。
テントの前にキャンピングカーを停めてたオランダ人のご夫婦と軽く世間話をしたら、辛口の白ワインを一本プレゼントされました。
オランダ人って優しいです。
祐子は下戸なので、一人で全部飲んだらすーっかり酔っぱらったです。
白夜だし、暖かいし、ワインは冷えてるし、ご機嫌です。
 
?本日の走行距離174キロ(合計3082キロ)
?Internet→エストニア政府のWi-Fi(無料)。感度良好


朝→パン
昼→マクドナルド
夜→鮭の味噌煮込み

 

2009年6月25日(木)[タリン→ヘルシンキ/フィンランド]

昨夜オランダ人から頂いたワインのお陰様で、朝、二日酔い気味でした。
体調は優れず、でも気分は高揚してて、祐子に迷惑がられました。
 
キャンプ場でドイツ人親子の乗るサイドカーを
「Beautiful! So Beautiful!」
と誉めまくったら、ドイツに寄ったら我が家に泊まりなさいと住所とメールアドレスをくれました。
とにかく誉めてみるものです。

フェリーでフィンランドの首都、ヘルシンキへクルーズしました。
全然揺れない超大型船の三時間半。
本を用意し忘れたので、退屈だったです。
 
ヘルシンキはデザインされたビルが多く、カモメが多く、トラム(路面電車)が多く、カフェが多く、宿は高く、駐車場がなく、宿探しに苦労しました。
訪ねた宿は駐車場がないか、ネットが有料か、満室か、今晩一泊のみか、廃業したか、でした。
夜の21時頃になってやっと見つけた宿は、キッチン付き、駐車場付き、トレーニングジム付き、Wi-Fi無料。
一泊90ユーロを80ユーロにまけてもらいました。
宿の親父にランドリーの値段を訊いたら、ただ笑って祐子の手を握ったそうです。
おいくらなんでしょう?
 
部屋でネットがつながらず焦りましたが、廊下のルーターを勝手にいじくって直しました。
ボクらもやるもんです。
 
?本日の走行距離31キロ(合計3113キロ)
?Internet→宿のWi-Fi(無料)。感度良好

 

朝→エストリアの黒くて硬いパン
昼→フェリーのカフェテリアでピザをサンドウィッチとエビサラダ
夜→冷凍ハンバーグを焼いて、美味しくない赤いスープ

 

〈キャンプ場〉PIIRISAARE TURISMITALU/パルヌ近郊/エストニア


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〈キャンプ場〉PIIRISAARE TURISMITALU
パルヌ近郊/エストニア
 
娘さんが日本語を話せます。
学習院に留学してたそうです。
サウナが無料です。
フットサルとバレーボールコートがあります。
夜中は電気のない汲取便所を使うことになるのですが、驚くほど奇麗です。
コテージもあります。
芝生が気持ちヨカッタけど、犬のうんちが危険でした。
 
〈住所〉Tahkuranna 86502, Reiu, Estonia
〈電話〉+372-44-60-719
〈E-mail〉info@piirisaare.ee
〈URL〉http://www.piirisaare.ee/
〈料金〉キャンプ一泊10ユーロ
 

これだと楽して英語が勉強できるかも...〈超字幕.com〉

 
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↓これだと楽して英語が勉強できるかもしれない。
 

超字幕.com


欲しいです。
 
〈写真〉2009年6月19日/ニダ/ラトビア

2009年6月26日(金)[ヘルシンキ二泊目/フィンランド]

スウェーデンは、20歳までは歯の治療費が全額無料だそうです。
だからかどうかは知りませんが、歯科先進国です。
祐子は思い出作りに、ネットで近所の歯科を探し出しました。
地図を片手に辿り着いた病院では、担当地区が違うのか、初見だからか、システムの都合か、公立だからか、別の病院を案内されました。
何にしろ月曜日の朝8時に思い出作りの予約を入れました。
病院内は不思議なことに、看護婦もスタッフも医者も患者すらも全員女性でした。
 
宿の部屋で、祐子に散髪してもらい、さっぱりしました。
 
夕方、新宿御苑の(株)ぽるかの幹部、須山君の泊まるホテルまで散歩しました。
ちなみに散歩するとき地図を広げて悩むのが祐子で、ボクは飛び交うカモメや青い空を眺めるのが仕事です。
須山君はひと月以上もリフレッシュ休暇をとっている超大物で、今日の午後、友達の女性カメラマン石澤氏(親戚以外で生の石澤姓に会ったのは初めてです。通称マミチン)同伴でストックホルムからヘルシンキに入りました。
ロンドンの空港で須山君の荷物がロストバゲージになり、いまだに行方不明なので、毎日同じ服を着ていて、パンツはマミチンから借りてるそうで気の毒で気の毒で笑えます。
一緒にヘルシンキ大聖堂を見学し、ヘルシンキ大聖堂はティカル遺跡のような階段と装飾や小細工のない堂々としたシンプルなデザインで、生伴奏のパイプオルガンが巨大で美しいです。
ゴミの浮かんだ波止場を歩き、もたいまさこの足跡を探し、インド料理を食べたら、すぐに閉店時間だからと、インド人に追い出されました。
須山君はカレーを残し、マミチンの飲んでた水は道路に撒かれました。
インド人よ...
 
西欧文化に迎合すべく生意気にもカフェでビールを飲み、マミチンと須山君の今後の人生と出版業界とカメラ業界について語りました。
須山君への新しいGoodな企画、「料理の探検(仮)」が浮かびました。
ボクのアイデアは斬れます!
 
?Internet→宿のWi-Fi(無料)。感度良好
 

朝→コーンフレーク
昼→マクドナルド
夜→インドカレー

 

2009年6月27日(土)[ヘルシンキ三泊目/フィンランド]

祐子は仕事に追われてまして、終日ホテルに籠ってました。
ボクはNHKの執筆
ネットで英語の勉強を少々。
 
ホテルの窓から、ドイツやエストニアやスウェーデンからの大型客船の出入りがよく見えます。
カモメが狂ったように絶叫してて、ウルサいです。
そういえばアルゼンチンのカモメはクジラを襲うと、「HEAVEN」に載ってました
カモメ達はクジラの背中に食いついて、直径50センチほどの穴を開け、脂を食うそうです。
 
?Internet→宿のWi-Fi(無料)。感度良好

朝→コーンフレーク
昼→インスタントラーメンのエビ味
夜→スパゲティ、ソースは缶詰。冷凍肉団子とトマト
 

ヨーロッパを地図なしで走る方法/ViaMichelin

 
ピクチャ 1.png
ViaMichelinのサイトに出発地と目的地を入力して、Searchをクリックすると、

ピクチャ 2.png
一発でルートとか、距離とか、値段とかがわかります。
近道とか、景色がいいとか、安くとか、いろいろ選べて便利です。
ちなみにmotorwaysは高速道路なので、ボクらゆっくり派は避けて走ってます。
下欄には、この標識で曲がれだの、二時間ほど運転してから休めだのと、詳細な指示もあります。
アメリカやカナダで使ってたmapquestと、基本同じです。
都市名をいい加減に入力しても、mapquestより融通がききます。
mapquestは、情報が足りないとよく文句を言ってくるので面倒です。
 

Nina Simone - Ain't Got No...I've Got Life




Nina Simoneの「Ain't Got No...I've Got Life」がブログ「biwamap」にあったんだけど、いいね。
今日、狂ったように聴きました。
歌詞が違うので、少し努力しましたが、ボクでは無理です。
なんとかしてください。
 
Ain't got no home, ain't got no shoes
Ain't got no money, ain't got no class
Ain't got no friends, ain't got no schoolin'
Ain't got no wear, ain't got no job
Ain't got no (moneys...place stay)

Ain't got no father, ain't got no mother
Ain't got no children, ain't got no (sisters and brother)
Ain't got no earth, ain't got no (...)
Ain't got no (church), ain't got no (god)
Ain't got no love


Ain't got no (...), no cigarettes
no (...), no country
no class, no schoolin'
no friends, no nothing
Ain't got no (...), one more

Ain't got no earth, no water
no wood, no (...)
...

...

I got my hair, my head
my brains, my ears
my eyes, my nose
my mouth, i got my smile

I got my tongue, my chin
my neck, my (boodie)
my heart, my soul
my back, i got my sex

I got my arms, my hands
my fingers, my legs
my feet, my toes
my liver, got my blood

Got life , i got my life
 

日本からの救援物資が嬉しい


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須山君が、わざわざ日本から持ってきてくれた救援物資です。
乾燥ワカメと海苔は、軽くてかさばらないので、ボクら老夫婦の旅の必需品です。
300ミリリットルの小さな醤油は、持ちやすくて容器が捨てやすいので長期旅には最適です。
100円ショップのビニールシートはテントの前庭に敷いて、寝る前にストーブとか汚れ物とかテントの中に入れたくない奴を置く作戦です。
だし昆布、嬉しさで目尻に涙が浮かびます。
大切にしすぎて、日本に持ち帰りそうで危険です。
爺っぽくて大きな声では言い難いのですが、こんぶ茶が好きです。
ずいぶん前、こんぶ茶で作るスパゲティをテレビで紹介してたんだけど、レシピを忘れました。
挑戦せずには死ねない事のひとつです。
 

2009年6月28日(日)[ヘルシンキ四泊目/フィンランド]

祐子は夕方まで仕事。
やってもやっても終わりませんねん。
 
18時半、真っ昼間のように日差しが強い大聖堂の前で、失くなったスーツケースを昨日ホテルで受け取ってこの旅行で始めて着替えた須山君と、ニコンのごつい一眼レフを首から下げたマミチンと待ち合わせ。
ヘルシンキのダウンタウンを横切ってpunavourenkatuのTORIというcafeで、念願のフィンランド料理を食べて、白ワインを飲みました。
彼女たちの最後の夜です。
ウェートレスのスカートが、思い出になるくらい短かったです。
ボクが注文したのは自家製ソーセージの盛り合わせで、巨根も短小もありました。
トマトのサラダのちょい甘具合がヨカッタです。
マミチンは、素朴な味のミートボールが驚きのビッグサイズで五個。
須山君は、焼いた白身魚にマヨネーズのような白くて黄色いソースがかかった上品なマダムもの。
祐子は、大きなレバーのステーキで貧血には最適です。
他のツーリスティックなレストランよりぐっとリーズナブルで、喫茶店に毛が生えた雰囲気が庶民的で緊張せずに済みました。
こういうお店、食堂を探し出せる嗅覚を身につけたいものです。
 
?Internet→宿のWi-Fi(無料)。感度良好
 

朝→コーンフレーク
昼→昨夜の残りのスパゲティにコーンフレークをかけてみました
夜→フィンランド料理。ボクは自家製ソーデージ。祐子はレバーステーキ

 

2009年6月29日(月)[ヘルシンキ五泊目/フィンランド]

祐子は朝8時に歯科病院へお出かけ。
洗濯。
嬉しいことに、ここのホテルは洗濯機と乾燥機が無料です。
乾燥機はぐるぐる回るタイプではなく、温風が吹き込むクローゼット型です。
で、祐子は仕事。
祐子は忙しいです。
ボクは買い物、食事の用意。
わりと暇です。
須山君から貰ったこんぶ茶を飲み、まったりしました。
 
?Internet→宿のWi-Fi(無料)。感度良好
 
朝→カップラーメン。祐子はパン
昼→パン
夜→豚肉の味噌焼きを素スパゲティで食す。問題なし
 

2009年6月30日(火)[ヘルシンキ→タンペレ/フィンランド]

午前中、早足で片道40分かかるテンペリアウキオ教会へ競歩しました。
ホテルのチェックアウトが迫っているのにわざわざ駆けつけたテンペリアウキオ教会、およそ30年もかけて三回のコンペをしたほどのスゴい奴です。
ボクは、中に入って一発で逝きました。
この建築、"建てる"というより"掘る"です。
地面の岩盤を掘って(削って、破壊して)、丸い蓋を被せた鍋のような半地下教会です。
安藤忠雄氏の地中美術館はこのアレですかね。
むき出しの岩壁が、タマラナク気持ちいいです。
岩壁の上の180枚のガラスでできたルーバーから、柔らかい陽が射して来るっていう仕掛けも憎いです。
銅色の天井のドームも、なんていうか流石です↓。
 
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教会の左側のパイプオルガンの下で、狂ったようにバイオリンを弾き続ける女性がいて、一票を投じたいです。
ここではコンサートも開催するので、ひとつRタロー君、頑張れ。
設計したティモ&トゥオモ・スオマライネン兄弟、いい物を見せてくれてホントありがとう。
 
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次にフィンランドの三大観光地のひとつ、あの「かもめ食堂」へ行って参りました。
小林聡美とか、片桐はいりとか、もたいまさこが出た、映画「かもめ食堂」のロケ地でございます。
レストランの本当の名前は、「Kahvila SUOMI(カフェ・スオミ)」。
日本人だけにしか価値のわからないカフェなので、写真を撮ったりするお間抜けは日本人だけです。
 
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フィンランド人は普通に飯を食ってました。
食前に牛乳とかジュースとか、ビールも無料で飲めるんですが、慎み深く控えめに牛乳にしといて大正解でした。
食後に走り出してすぐ、警察官に飲酒チェックされたのでございますから、実に巧妙なトラップでした。
 
今日の目的地は、北欧で一番最初に電気が通じた街タンペレです。
フィンランドの三大観光地の二つ目です。
ムーミンに会えます。
Hostel代が高いので、暑いけどビールを我慢しました。
 
?本日の走行距離194キロ(合計3307キロ)
?Internet→HostelのWi-Fi(無料)。遅い

 

朝→コーンフレーク
昼→「かもめ食堂」のポーク。祐子は鮭
夜→インスタントラーメンとソーセージ。ピーマンとトマトのサラダ。須山君から頂戴したお吸い物