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2009年3月11日

2009年03月06日(金)[ハバナ→トリニダー/キューバ]

早朝7時半のバスに乗り、夕方の17時間半ごろ世界遺産のトリニダー着。
早起きは辛いです。
車中爆睡し、キューバの郊外を見損ない、自分に失望。
ハバナの宿のおばちゃんの友達がバスターミナルでボクらを待っててくれたんだけど、宿代が25セウスもするくせに朝飯抜きなので丁寧に断り、みゆきちゃんの紹介してくれた宿へ行けば満室だったです。
その宿の親戚の宿も安くないので、これまた断りました。
いいんです、宿は腐るほどありますから。
で、その辺を歩いてたおばちゃんの宿が安かったです。
年頃の娘さんが鼻をほじくりながらテレビを観てたのに文句を言う筋合いはございません。
古い民家はボクらの好奇心を満たします。
暑い中散歩。
昼寝して再び散歩。
夕暮れの古都を彷徨う幸せ。
晩飯は米粒ひとつ残さず完食。
芋(Boniato)が甘くて美味い。
ビールはクリスタル(cristal)。
今晩は村祭り。
 
朝→食べない
昼→食べない
夜→宿の豚肉定食

 

2009年03月07日(土)[トリニダー二泊目/キューバ]

自転車を借りて(一台4セウセ。バスに乗ると往復4セウセ)海へ走る。
海岸まで片道13キロ。
ボクら初老には遠い道のりです。
しかも自転車って、尻肉が強烈に痛くて辛い。
固いサドルと曲がったペダルと効かないブレーキが社会主義の賜なのか。
 
強い日差しとやや冷たい海とシツコイ蠅と風と読書と昼寝。
海に浮かぶ(ここの海水は死海のように浮力があるんじゃないだろうか)太ったおばちゃんと、ちょっとおっぱいをぽろりとしてしまった娘さん。
ボクはチャンスを見逃さなかったです。ふふふ...
社会主義の乳。
 
昼飯を食べたたった一軒しかない海辺のレストランのビールのコップが、激しく汚れてたです。
この手垢が社会主義なのか。
 
それはそれとして、帰路、激しい腹痛に襲われ、止むなく、満を持して、いや満は持しないで、バス通りで、バス停の後ろで、隠れるように、いや隠れて、雑草の中、後ろは牧草、左手にトイレットパーパーを握り、ズボンを脱ぎ、パンツも一蓮托生にし、しゃがみ、辺りを見渡し、道路を見れば観光バスがやって来る、立ち上がり、立ちションをしてるフリをして、でもズボンもパンツも膝まで下りてて、観光バスをやり過ごし、またしゃがみ、一気通貫。通ればリーチ。勇気。男気。
何度もお尻を拭いて、仕事はいつもより丁寧に、ブツを踏まないように慎重に、でも丸めた紙はその辺に放置して、切ない思い出を抱え、少し大人の階段を登り、少し降り、太陽が黄色く、人々の視線を気にして、振り返って黙礼し、別れを惜しみ、いや決別を喜び、再び自転車を跨ぐ。宿へ。早く宿へ。
 
体調悪くて、晩飯を食わずに寝ました。
昼に食べた少々生臭かったエビが原因だと推定されます。
これが社会主義なのか。
祐子がスーパーでヨーグルトを買って来てくれたけど、ジュースのように緩かったです。
これが社会主義なのか。
 
朝→宿の朝食
昼→ボクは少々生臭いエビ。祐子は白身魚mの焼いたもの
夜→体調悪くて食べない

 

2009年03月08日(日)[トリニダー三泊目/キューバ]

朝も早よから、宿のおばちゃんのノック攻撃を受けて、
なんでやねん、朝飯には早いやろが!
と優しく丁重に文句を垂れたら、今日からサマータイムでした。
すみません。朝ご飯、頂きます。
 
朝の涼しいときに散歩して、暑い昼はシエスタ(昼寝)が賢い人のすることなんですが、ボクら、午前中に寝て、昼から散歩しました。
日差しが重くて押しつぶされそうです。
昼飯を食べたレストランは、たぶんこれがキューバで噂の、違法の隠れレストランです。
看板のない民家の一室。
娘さんの一挙手一投足がいちいちアンニュイで妙に艶っぽくて、東京に持ち帰りたかったです。
すきっ歯の19歳。
いろいろと難しいお年頃です。
こんな田舎で暮らしてて将来どうするつもりなのか、その辺の土産売りの兄ちゃんと結婚するのか、その沁み出る色気をここで枯らすのか。
と、ボクが悩んだりしてました。
なんにしろ甘い芋の揚げ物が美味いです。
写真を撮りながら、ぶらぶらと世界遺産地区を一周。
午睡、読書。
晩飯で食べたサラダが奇妙な味がして、あのなんでも食う最強の祐子ですら残しました。
深刻な問題を抱えたサラダです。
食器洗い用洗剤を薄めたドレッシングか、殺虫剤を薄めたんじゃないかと、推察してます、ボクは。
なのに、ほとんど食べてしまったのは慚愧に堪えません。
気持ち悪いです。
カストロの弁明を待ちたい。
 
朝→宿の朝食
昼→隠れレストランで豚肉
夜→普通のレストランで豚肉