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2007年10月10日

2007年10月13日(土)[カラファテ→リオ・ガジェゴス→フォークランド諸島]

早朝2時、アヤコちゃんとタケ君に見送られて、エル・カラファテFuji旅館を発つ。
そして164泊に及ぶ冬眠に終止符を打つ。
さよならエル・カラファテ!
再び戻るその日まで!

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バスターミナルへの夜道、祐子は重い荷物を支えきれず、まっすぐ歩けない。
頑張れ祐子!

バスの中、爆睡。
朝7時、リオ・ガジェゴスに着き、バスターミナルの待合室で、島藤さんとキレンさんが握った鱒寿司を食らう。
混雑したバスターミナル内で、箸を巧みに使い一心不乱に寿司を食らう謎の東洋人ボク等。
さぞかし異様な光景だったでしょうよ。
しかし旨かった鱒寿司。
エル・カラファテの名物は鱒寿司にあり。

【フォークランド物語】
久しぶりの旅行なもんで、張り切り過ぎて、ちょと長い日記です。

フォークランドの詳しい情報はココにまとめました→

リオ・ガジェゴスのバスターミナル内のインフォメーションは営業時間を過ぎても一向に開かず、
諦めてセントロに行けばインフォメーションは休み、
銀行ではUSドルを下ろせず、
両替屋では、土曜日だという理由でUSドルへの両替を断られる。
なすすべ無し。
ドルを増やせない。
たった570ドルしか持たずに、1時40分の飛行機でフォークランド諸島へ飛ぶ。
飛行機の中、貧乏だという不安を抱え爆睡。

飛行機はイギリス空軍基地に着陸し、空港の外へ出れば、ぼやぼやしてたせいかバスもタクシーも最早いない。
はやっ!
小銃を構えたイギリス軍兵士と、フォークランド紛争で活躍した戦闘機ハリアー、ぐるぐるに巻かれた有刺鉄線、乾いた砂埃。
町まで48キロ。
歩けない。

その辺の人に事情を話したら空港職員を呼ばれ、入国申告書に予約していないホテル名を書いた事がばれ、
アルゼンチンへ帰すと軽く叱られ、彼女の携帯でB&Bを手配してもらい、
さらに彼女の計らいで荷物運搬車に乗りこめ、フォークランド唯一の町スタンリーへ。

見渡せば荒涼とした草原。
パタゴニア以上の強風。
蒼白い灰色の岩が大量に転がってて殺伐とした風景が続く。
ほとんど砂利道、ときどき舗装。

この車の支払いが50ドルもして、残金早くも520ドル。
チェックインしたB&Bは一泊100ドル。
しかもポンドしか受け付けない頑固な宿。
ポンドは一銭も持っていないのに…。
そして銀行にはキャッシュ・ディスペンサーがないから、お金が下ろせない!
貧乏って悩みが尽きない。

夕方、カードの使えるホテルを探して町を彷徨う。
同業者発見↓

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レストランで飯を食ってドル払いをして、お釣りをポンドで貰い、明日のB&Bの支払い分のポンドを作るがわずかに足りず、ビールを追加。
こうして貧乏人は無駄金を使う。

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空港で知り合ったアルゼンチン人に明日、山登りに誘われるが、残念ながら断る。
金がないのだ。

宿で靴下を脱ぐと、繊維が溶けたのか、謎の黒い物体で足の裏が真っ黒。

【本日のお食事】
朝→島藤さんキレンの握った鱒寿司
昼→おにぎりと大量の唐揚げ。唐揚げは食いきれず
夜→カレーライスとワインにコーラ

2007年10月14日(日)[フォークランド諸島二泊目]

★フォークランド諸島の詳しい情報はココにまとめました→

フォークランド上陸二日目である。
クレジットカードの使える高級ホテルへ移動する。
こうして貧乏人は無駄金を使い、無意味に疲れる。
しかしここは1日5ポンド(1,350円)でWi-Fiフリーなのが嬉しい。
ネット屋へ行けば、一時間8ポンドもかかるので、お得なのである。

インフォメーションセンターで情報収集するが、クレジットカードの使える島内ツアーはないようだ。
明日、銀行でポンドを入手できないと事態は最悪になる。
全ては明日だ!

貧乏なので、スーパーでカップ麺とパンを買って、ホテルへ戻り昼飯とする。
カップ麺はお湯がぬるくて不味かった。
悲しい。

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Fuji旅館で揚げた鳥の唐揚げも食べるが、そろそろ腐るかもしれない。
食べきれず捨てる。

マゼランペンギンを見るため、二時間かけてGypcy Pointへ歩く。
パタゴニア以上の強風で、かなり歩きにくい。

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苦労したわりには、収穫は遠くにペンギン6羽のみ。
まだペンギンのシーズンには早い模様で、
フォークランドへ来たのは失敗か…と頭を過る。
フォークランドには、座礁した船がそのまま朽ちている↓

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昨夜と同じレストラン“Shorty's Diner”で焼き蕎麦らしき麺と、ベイクドポテトとコールスローサラダ、ビール小瓶にコーラで30ドル(3,450円)也。
やはり腐ってもイギリス。
死ぬほど物価が高い。
残金490ドル。

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義裕、夜から仕事。
ったく、フォークランドに来てまで仕事かよっ!

【本日のお食事】
朝→宿の朝食
昼→義裕はカップラーメン、カレー味。祐子はパン。
夜→義裕は焼きそばらしき麺。祐子はベイクドポテトとコールスローサラダ

2007年10月15日(月)[フォークランド諸島三泊目]

★フォークランド諸島の詳しい情報はココにまとめて苦労しましたわ→

義裕は、朝方までほぼ徹夜に近い仕事。
朝飯食って寝る。
祐子が銀行の窓口で預金の引き出しを交渉するも断られ、お金は下ろせず。
しかしクレジットカードでキャッシングに成功。

さっそく明日のペンギンツアーの予約をする。
サーバー不良でネットが出来ず、15時ごろ散歩へ。
ミュージアム等見学。

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今日はどんより曇った寒い1日。

海岸沿いを歩いていたら、推定95歳くらいの老婆に家に入れと誘われる。
老婆の話はあまりよくわからなかったけれど、窓から海が望め気持ちのいい家だった。

いつものDinerが休み。
他のレストランも休み。
しかたなくホテルで食ったら、30ポンド(約8,340円)。
激高。

義裕、朝方まで仕事。
なぜかフォークランドで忙しい。

【本日のお食事】
朝→宿の朝食
昼→パン
夜→義裕はステーキ。祐子はカレー

2007年10月16日(火)[フォークランド諸島四泊目]

★死ぬほど疲れたフォークランド諸島の詳しい情報はココ→

フォークランド諸島には地雷がいっぱい↓

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エイドリアンの一万エーカーの牧場を前人未到の大陸を探検するが如く道なき道を走り、汚れなきキドニー湾へ至る。
キングペンギン、ロックホッパーペンギン(イワトビペンギン)、マカロニペンギン、マゼランペンギン、ジェンツーペンギンを発見する。
残念ながら、美しき入り江付近は軍の柵に覆われ、地雷地帯である。
ペンギンはその地雷地帯を歩いて海へ。
ときどき牛が柵を破って地雷を踏み爆死するそうだ。
ここの地雷は、100ポンド(45キロ)の体重で爆発する。
祐子は爆発する。

ホテルに戻り午睡。

【本日のお食事】
朝→宿の朝食
昼→サンドイッチ
夜→義裕はチーズバーガーとビール。祐子はベイクドポテト

2007年10月17日(水)[フォークランド諸島五泊目]

★写真がいっぱいのフォークランド諸島の詳しい情報はココ→

1849年建造の家、Cartmell Cottageへ行くも予約していたのに留守。
誰もいない。
寒空の下、しばらく待つ。
結局電話で呼び出して、見学。
ったくよー。

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一番印象に残っているのが簡易木造トイレで、角が丸く艶やかで小物入れのように素敵でお洒落だった↓

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このトイレは水の代わりに土を使い、うんちょすを浄化する。
浄化はしないね、絡めるだけか。
しかしこのトイレを寝室に置くより、普通に隣の部屋のトイレを使った方がいいんじゃないかと思うんだが、イギリス人っていう奴はそんなに不精なのか?
そんなに我慢できない人種なのか?
尻の穴が緩いのか?

今のホテルは高すぎるので、重い荷物を抱えて、町外れから町外れまで歩き、安いモーテルへ引越しする。
フォークランドのツアーは、どれもこれも気が遠くなるほど高額だけれど、死んだ気になって、明日の戦場跡地ツアー、明後日のボランティア海岸ツアーの申し込む。
辛気くさいスタンリーの町を、郵便局、スーパー、土産物屋、スタンプ屋とセントロを縦横無尽に歩き回る。

寒く重い曇り空。

モーテルでネットがなかなか繋がらず。

アルゼンチン人のジャーナリストに「なぜフォークランドへ来たのか?」というテーマでインタビューされるが、すぐに撮影を止めてた。
たぶんボク等のスペイン語が耐えられなかったんだろう。
悪かったよ。

【本日のお食事】
朝→ホテルの朝食
昼→ベークドポテト
夜→義裕はポークステーキとビール。祐子はベークドポテト

2007年10月18日(木)[フォークランド諸島六泊目]

★フォークランド諸島のうきうき情報はココだ!→

今日は一万エーカーの牧場を持つ男、エイドリアンの「フォークランド紛争激戦地」ツアーである。
一万エーカーの牧場を経営していても、こんなアルバイトもするあたりが金持ちなんだか貧乏なんだかさっぱりわからない。
で、彼の奥さんは“牛”って呼んでもいいくらいの巨漢でしかも顔が恐い。
どうしてそんな奥さんの話をするかって言うと、迎えに来た彼の車に、何故かむっちりしたスナックのホステス風の女性が乗っていて、友だちだって彼が言い張るからである。
途中、車が故障して一旦町に戻ることになり、代車を持って来る牛、いや奥さんにこのむっちり彼女を会わせるんだろうかと訝しんでいたら、町の外れでむっちりを降ろし、そして奥さんに会い、車を取り替え、またむっちりを拾うあたりが、エイドリアン、怪しすぎます。
気持ちはわかるよエイドリアン、気持ちは…。
でもねエイドリアン、この小さな町、どう考えても夕方には奥さんにばれてると思うな。

そんな怪しい二人と一緒に、フォークランド紛争の激戦地巡り。
朝は吹雪でもやがて晴れ、しかしほとんど重い曇り空と強い風。

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世界で最も南にある錆び付いた吊り橋。
兵士の墓。

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道なき道。
羊が逃げないためのゲート。
怪しい二人。
靴の墓場↓

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夜、ネットが繋がらなくて苦労する。

DVD『手紙』で泣く。
ボクが服役したら、果たして祐子は手紙を書くのだろうか?

【本日のお食事】
朝→モーテルの朝食
昼→サンドイッチ
夜→義裕はカレー&チップスとビール。祐子はマッシュポテト&ポテト&ソーセージ

2007年10月19日(金)[フォークランド諸島七泊目]

★フォークランド諸島のるんるん情報はココっす→

8時、“中部名古屋TOYOTAビスタ”のステッカーが貼ってあるTOYOTA Land Cruiserでフォークランド諸島のメインイベント、ボランティアビーチへ。
ツアーコンダクター兼運転手のアントニーは、アルゼンチン人の奥さんを持ち、アルゼンチンの学校へ通う娘さんとの三人家族であるが、フォークランドに住んでいるのは彼だけである。
どんな事情があるか知らないけれど、なんだか淋しいなぁ…。
スタンリーの町は雨が降り、郊外は曇りのち晴れ。
イギリス軍に撃墜されたアルゼンチンのヘリコプターの残がい。
やがて道から外れ、草原を走る。
さすが「紛争あるところにランクルあり」と呼ばれるだけのことはあり、起伏の激しい大地を自在に走る。
探検している気分だ。
キングペンギンのコロニーには、茶色い毛に覆われた巨大な子供ペンギンだらけ。

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ボク等は、好奇心旺盛な子供ペンギンたちに囲まれる。

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親は気品がある↓

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【本日のお食事】
朝→モーテルの朝食
昼→サンドイッチ
夜→義裕はガーリックチキンとビール。祐子はベークドポテト

2007年10月20日(土)[フォークランド諸島→リオ・ガジェゴス→]

★フォークランド諸島の最新情報はココかも→

約束の時間を三十分以上遅れたシャトルバスで空港へ。
重箱の隅を穿るような荷物検査を受けて、敢え無く醤油を没収される。
空港職員のおばちゃんに、日本人は中国語を話せないのかと訊かれ、もちろん日本人は中国語を話せないと断言したら、
その横に虚脱した顔の中国人青年がいて、ここから愛と感動の日中合作物語『中国人の青年は、上海に戻れるのか?』が始まる。

全然たいした話ではないので、かいつまんで説明すると、中国人の漁船員ゴーフィは、何故かフォークランドで漁船を降り、単身上海へ戻ろうとするのだけれど、
中国人はチリのビザが必要だからこの飛行機に乗れないのである。
という事を空港職員から説明されても、英語もスペイン語も話せないから、理解できなくてただひたすらじっとしているのである。
飛行機に乗りたいけれど、乗せてもらえない。
どうして?
と彼はひとり考えているのだろうけれど、貝のように口を閉ざしては、この局面を打開できないっすよ。
努力せい努力を!
そこで祐子がメモ用紙に漢字を書いて会話を試み、彼を窮地から救わんとするわけで、だけど問題はビザだけでなく、出国税45ドルを持っていないというところにもあり、状況は極めて難しい。
しかも、漢字は思ったより通じない。
結局、空港職員の関係各方面への電話攻撃でチリの警察に引き渡すことになり、飛行機に乗れたんだけどね。

アルゼンチンのリオ・ガジェゴスへ戻り、フォークランドはアルゼンチン領だからという国際的には通用しないような理由で入国スタンプを押してもらえず、ボク等はアルゼンチンの滞在期限三ヶ月が過ぎてしまった。
あーあ罰金だ。

深夜バスで、マゼランペンギンの待つトレレウへ向かう。

【本日のお食事】
朝→B&Bの朝食
昼→昼飯抜き
夜→リオ・ガジェゴスのバスターミナルの食堂で、義裕はハンバーガー。祐子はピザ